日本の良さが感じられる和のうつわ なちやの京漆器
      

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    現代の家庭でも味わえる『漆』の魅力 - 漆器 なちや
    従来、手入れが難しいとされてきた漆器。そんなマイナスイメージを払拭し、家庭でも気軽に使えるオリジナル漆器を販売するのがなちやだ。その手軽さの元となる漆に隠された秘密とはいったい何か。
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     国産の手塗り漆器の卸売りのほか、オリジナル商品の販売も手がけるなちや。主人・塩崎守氏は「漆」へのこだわりをこう語る。

    「なちやで販売しているオリジナル漆器は、使っている漆そのものに特徴があるんです。漆に対するネガティブな要因である手入れの問題を払拭する『MR漆』、私たちは『純漆』とも呼んでいますが、それを使うことによって誰でも気軽に漆器を使うことができるようになりました」

     通常の漆よりも“強い”漆であるこの『MR』漆を使うきっかけとなったのが、福井県の小学校で、給食用食器に漆器が使われているという話を聞きつけたことにある。
    当時、環境ホルモンの問題がクローズアップされ、プラスチック容器が人体に影響するという説があった。その対処策として、子供たちが毎日使う食器にその地方の名産であった漆器を採用するにいたったわけだが、そこにも数々の問題があった。食中毒を防止するためには、高温洗浄と殺菌は徹底して行わなければならないが、通常の漆を使った食器には、それらの処理に耐えうる強度はなかった。そこで採用されたのが、もともとは神社仏閣の外装用として使われていた『MR漆』なのである。

    「漆の木から樹液を採取した後、それを濾過して水分を飛ばすんですが、30%の水分を5%に減らすために、従来の漆は大きな鉢に入れて熱を加えながら攪拌する『鉢ぐろめ』という方法で行っていました。しかし、漆は熱に弱く、この方法だと漆の強度がどうしても落ちてしまうんです」
     

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     ラッカーなどの溶剤(シンナーなど)が蒸発することによって乾燥する化学塗料と違い、漆は主成分であるウルシオールにラッカーゼという酵素が空気中の水分から酸素を取り込んで硬化する。

    この酵素が熱に弱く、40℃以上の熱を加えると活性を失い、固まりにくく弱い漆になってしまう。『MR漆』は、熱を加えることなく余分な水分を飛ばす新精製法によって精製された漆で、従来の漆より硬化しやすく強度が強い。

    「この漆の話を聞きつけて、食器洗浄機を使うようになっている一般家庭でも使える漆器の製作を始めるようになったんです」

     なちやのこだわりは漆だけではない。漆器に使う木材や、その色見にも十分な配慮を怠らない。

    「漆器の美しさは、タネ色と木目が透けて見えるところにあります。そのときに最もきれいに見えるのが欅。当店のオリジナル商品の材料は欅を中心に選んでいますし、その欅の美しさをより引き出せるような木地溜という塗りにもこだわっています」

     『MR漆』の塗りは、昔から業務用漆器で名高い越前・福井県鯖江市の川田地域で行い、刳るのは欅の実績が圧倒的に高い山中に一任している。10年前に開発された近代的な強い漆を使い、伝統的な産地においての製造を貫くなちや。現代の家庭でも、本物の漆器の魅力をお手軽に味わってもらいたい――。それが主人・塩崎氏の考える基本コンセプトなのである。 

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    オリジナル商品の製作

     現在のなちや主人・塩崎守氏は21年間、某大手電気機器メーカーで工業デザインを手がけていた。その後、2001年に伯父から漆器の商売を受け継ぎ、なちやを設立した経緯がある。「この仕事を始めるときは不安だらけでしたよ」と、塩崎守氏は振り返る。しかし、その不安を解消する方法は、工業デザイン出身の氏らしいやり方だった。

    生活者の視点で漆器をデザイン
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     彼は、先代から店を引き継いだ際に、出来上がった漆器を「売る」卸業のほかに、漆器そのものを「作る」という仕事をスタートさせた。そこで大事にしたのが「生活者の視点」。和の食卓に限らず、現代における和洋折衷の食生活でも頻繁に使える漆器のデザインに力を入れたのである。

    「主に形と色に気をつけました。販売しているオリジナルの『多様用椀』シリーズは、円錐を逆さにしたような、直線的でモダンなデザイン。もう一つの『自在椀』シリーズは全体に丸みをつけて、やわらかい印象のデザインにしています」

    どちらも様々な料理に使用でき、現代の食卓にマッチしたデザインとなっている。

    「従来の漆器には、通常“高台(こうだい)”の部分があるため、どうしても汁椀に見えてしまいがちです。そこで、なるべく高台を入れないように工夫することで、例えばデザートを盛り付けることもできます。加えて、見た目に安定感が増すようにも見えます。テーブル主体の生活で使えるように、食卓での見え方も考慮した作品作りを心がけています」

    高台は、食器を手に持ちやすくする役割もあるため、そうした使い勝手を損なわない心遣いも必要だと、氏は指摘する。

    幅広く使うためのデザイン

     『自在椀』シリーズには、別売の皿がある。例えばコーヒーカップのソーサーとして使う以外に、場合によっては蓋にすることもできる。こうした工夫は、いかに幅広く使ってもらえるかを考えているからだ。
    「伝統的な形の吸い物椀が、時にはコーヒーカップや酒用のカップになったり…。どれも最近の生活スタイルに合わせたデザインなので、色々なものに使って欲しいですね」
    漆器とはもともと丈夫で使いやすい食器。現代の生活でも気軽に使って欲しいという主人の願いを、なちやのオリジナル漆器は表現しているのである。

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    漆器の魅力を伝える店舗を目指して

     先代の店を引き継ぎ、自身のアイデアでオリジナルの漆器製作を手がけるようになるまで実生活ではあまり漆器になじみがなかったと、主人・塩崎守氏は言う。自分がデザインすることになったときにまず考えたのは“使ってもらえる漆器”を作ること。実際に、伝統的なものにちょっとした工夫を加えるだけで、気軽に使えることに気づいたのである。

    漆本来の魅力を伝える商品だけを扱う

    「デザイン的に少し工夫した程度で、大きく変えた部分はありません。色見に関しても漆本来の色であるタネ色をいかに美しく仕上げるかということを考えています。漆は顔料を加えていない状態が美しい色を出しますし、一番強い状態でもあるんです」

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     こうしたこだわりは、先代が定義した「本漆を塗った天然素材の手作りのもの」という漆器の要素を守っているからこそ。なちやで扱う漆器は、本地、下地、上塗のすべてを手作りで行ったものが主体である。また『自在椀』に関しては、強度の高い漆を下地から5回塗り、漆以外の原料は一切使っていない。

    「工業的に作られたものは漆器ではないと思います。このスタンスは大事にしたいですね。スプレーガンを使って塗りを行えば、確かに安く製作できます。でも刷毛塗りで丁寧に仕上げたものは特別きれいですし、色むらもありません。その部分にはこだわりたいですね」

    漆器の色は塗る時期の温度・湿度で差が出るため、まったく同じ色合いのものを大量に製作することはほぼ不可能に近い。産地を山中、越前中心に選び、しっかりした下地を持つものしか扱わないのも、丁寧な仕上がりの漆器を使ってもらいたいという思いと、年を経るごとに色見も変化する漆の特性を考慮した結果なのである。

    料理と共に漆器の魅力を味わう
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     現在なちやでは、「腹の虫を抑える料理」という意味の『むしやしない料理』を味わうことができる(税込1000円、要前日予約、2〜8名様)。リピーターが多いこのサービスでは、季節の旬菜を味わいながら、見た目の美しさや手軽さといった漆器が本来持っている魅力を体験することができる。

    「今当店では、オリジナル商品が柱となっています。今後も改良を重ね、オリジナルをどんどんデザインして数を増やしたいですね。食洗器対応の商品も増やしていって、一般の家庭でも漆器を数多く使ってもらいたい――それが私の願いであり、目標でもあるんです」

    (了)

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